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不動産営業とフルコミッション制度(完全歩合給の法適合性)

2019/12/04

(最終更新日:2022/4/1)

聞く機会が少なくなった完全歩合給制(フルコミッション)という言葉ですが、20年前には完全歩合制の不動産業者は多くあり、今では考えられませんが、街の小さな不動産会社の平社員でも、「今月の給料は三ケタ」、「ボーナスの袋が立った」など、ずいぶんと景気の良い話を聞くこともそんなに珍しいことではありませんでした。

ドラマ化されるなど人気を博している小学館ビッグコミックに連載中の漫画『正直不動産』の世界は不動産会社では日常で、あたりまえに存在していました(いまでもあるかもしれませんが)。

景気の減退と昨今の働き方改革や労働関連法の厳格化に伴い、ほとんど見ることの無くなったと思っていた完全歩合給の不動産業者ですが、インディードで調べてみると、フルコミッションの不動産業者の求人は全国で100件近く募集されています(2022.3.4時点)。

現代社会に稀有な会社もあるもんだと感心しますが、「大手不動産業者で10年以上勤務していたが歩合制度が廃止されることになり給与が激減する。転職したいが、なかなかまともに完全歩合で働かせてくれる会社が無い」と言う人も実際にはいるようです。しかし既にフルコミッションと言えばブラックなイメージが強く、あまりにもハードかつ安月給ですぐに辞めてしまうイメージが根付いてしまったため、事業主サイドでは制度の導入には躊躇するのが普通です。さて、退職後の未払い残業代でコテンパンにやられてしまう恐ろしいフルコミッション制度は完全な法適合性での運用はもはや不可能なのでしょうか。考えてみましょう。

フルコミッション(完全歩合給)とは

通常一般の従業員は企業との雇用契約によって報酬を約束され、その代わりに時間を提供する契約になっています。一方、フルコミッション制度は成果に応じた報酬とすることを業務委託等によって契約します。なお、最低賃金法や出来高払制の保障給(労基法27条)により、雇用する労働者に対してフルコミッション制度を適用することはできません。この違いは古くから争いが絶えず、労働基準法と労働組合法の解釈が違ったりと、法律や裁判例でも明確な判断基準が示されていませんが、フルコミッション制度を導入するためには少なくとも時間を提供する「労働者性」が排除されていなければなりません。労働者性とは何なのか、これも専門家によって判断が違いますが、裁判所が労働者性を認定する基準や労働基準法(労働組合法)を考慮しながら、基本と重要なポイントを確認してみましょう。

労働者とは

労働基準法上における労働者とは、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」とされており、労働基準法上の労働者はそのまま労災保険法の適用となること、労働契約法上でも労働者は労働基準法と同様の扱いとされています。

1.使用従属性に関する判断基準

労働者であることの認定要件として、他人の指揮監督下において仕事をしているかどうかが判断基準とされます。具体的な項目を確認します。

(指揮監督下の労務と判断する要件)

①仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無

使用者の具体的な指示等に対して拒否できないような場合は一応、指揮監督関係が推認されることとされています。業務命令に拒否できないような立場の場合は労働者性が肯定されますので、あまりうるさく指導することはできません。

②業務遂行上の指揮監督の有無

業務に対して具体的な指揮命令を受けている場合にも、指揮監督下にある要件とされます。通常の注文者が行う程度のものであれば許容されるものもありますが、営業上の業務遂行に対して技術的な面などで日常的に、具体的に指示を行っていれば問題となります。

また、委託業務以外の業務に使用者が命令や指示(黙示も含むと解す)を行う場合、お手伝い程度であっても日常的であれば指揮監督下にあることが補強されます。

③拘束性の有無

勤務先や勤務時間を指定されたり、時間を管理されていることは指揮監督関係の重要な要素になります。営業業務を行う上で事務所を利用することは勤務先を指定されているとはいえませんが、出勤時間や帰社時間を指定したり、タイムレコーダーで時間を管理したり、頻繁な会議の出席が日常的にある場合は時間を拘束されているとみなされるため注意が必要です。フルコミッション制度で求人募集しているのに所定休日を設けている会社もありますが、やや匂います。業務委託契約で〇曜日は業務を行わない日と定めているのでしょうか。もちろん、業務委託契約に有給休暇の概念は存在しません。

④代替性の有無

直接の判定基準とはなりませんが、本人に代わって他の人が業務にあたったり、本人が社内の事務員等を使うことが認められているかどうかなど、労務提供に代替性が認められている場合には指揮監督を判断する要素として考慮されることがあります。

(報酬の労務対称性)

『賃金』とは労働基準法11条で、「労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と定義されています。労働の対償とは労働者が使用者の指揮監督の下で行う労働に対して支払うものであるため、報酬の名目(業務委託料やコンサルティング料)のみで使用従属性を否定することはできません。欠勤した場合に報酬から控除する場合や、逆に残業した場合などで別途手当が支給されるなど、「時間を基準とした報酬の変動」がある場合には使用従属性が認められ、労働者性が肯定されることになります。

1.労働者性の判断を補強する要素

「労働者ではないこと」とは、事業主であることと同義です。労働者のように何もかもを会社が用意してくれる働き方とは違い、事業主は全てを自分で用意し、メンテナンスや修理負担なども自ら行うことが通常であるため事業者性の要件も判断材料となります。

(事業者性の有無)

①機械、器具の負担関係

通常不動産の営業には自動車を利用しますが、その自動車が誰のものであるか、また営業で利用するPCなど「安くない機器」は誰のものであるかによって事業者性が強いのか、労働者性が強いのかの判断材料として考慮されます。会社の営業車を使っていたり、備品の利用を全て認めている場合などは事業者性は弱く、労働者の要素が強くなるため、業務委託契約の場合には筆記具などはともかくとして自家用車やPCなどは「自己負担・自己責任」に基づいて個人のものを利用することが必要といえそうです。

②報酬の額

報酬も重要な判定要素になることは明らかです。事業所内で通常の営業社員と比べて著しく高額である場合には、個人は事業主として自ら責任を負い、経営を行う事業者と認められることになりますが、反面、著しく低い場合はどうなるでしょうか。フルコミッション制度の不動産業者では売上がゼロであれば報酬もゼロとなりますが、熱心に営業活動を行っていたにもかかわらず成果に結びつかない場合に報酬ゼロと扱う場合は、やや厳しい判定となりそうです。フリーランスで成果が出なければゼロなのは当然ですが、労働者性との混在がある働き方では事業主もなんらかの利益を受けているため、完全なゼロと扱わずに少しの配慮は必要です。最低賃金法に抵触しないギリギリの基本給を定め、基本給またはフルコミッションで計算した際のいずれか高い額を支給する『最低補償付きフルコミッション制度』もありますが、労働者でしょうか、事業主でしょうか。

(専属性の程度)

専属性も直接には関係しませんが、労働者は他の業務に従事することが制度上制約されていることや、業務の状況によっては他の業務に就くことが事実上困難である場合が一般的です。こういった労働者同様の専属性も一つの要素となりえます。事実上の固定給が生計に影響を及ぼすほどの額であればこの場合にも専属性とともに労働者性が認められる要素となるため、中途半端な固定給を支給することも注意しておかなければなりません。所得税や住民税の他、社会保険料も正社員であれば源泉徴収されますが、フルコミッションで働く人間に対して源泉徴収することは不自然です。これら源泉徴収を行っている場合も労働者性を補強する要素とされることがあります。

社員からフルコミッションへ変更する場合

社員からフルコミッションへ変更する場合は、労働契約から業務委託契約への変更になるため、いったん雇用契約上は退職と扱い、同時に業務委託契約を締結する必要があります。個人事業主ならば国民年金(国民健康保険)への加入と管轄税務署への開業届の提出が必要となる上、自ら確定申告し納税する必要があります。最近は確定申告もインターネット上で簡単に処理できるようになりましたので大きな負担にはなりませんが、いわばフリーランスと同様の行政手続きが必要になることを忘れないように案内しておかなければなりません。退職扱いだからといって失業給付を受けながらフルコミッションで働けば不正受給と扱われて重いペナルティを受けることにもなりかねないため悪知恵を活かしてはいけません。

契約書のタイトルは関係ない

契約書の名称だけを業務委託契約としていればいくらでも脱法行為を見逃すことになるため、労働者性の判定には契約書の名称は考慮されず、実態を踏まえた判定となります。フルコミッションで働く営業マン(ウーマン)に自由はあるのか、仕事を断れるか、適正な報酬を受け取っているかなど、業者へ外注するときのように扱わなければなりません。なお、労働者であれば身分は強く保証され簡単には解雇することはできませんが、業務委託契約であれば途中解約も比較的自由に感じるかもしれませんが、業務委託契約の個人事業主が労働組合法上の労働者と扱われたため損害賠償を認めた判例もあるため、業務委託契約を事業主側から解約するような場合も踏まえた『契約解除理由』も詳細を定めておく必要がありそうです。

高額報酬とモラルハザード

会社員であれば懲戒を恐れてリスクを冒すことはあまりありませんが、フルコミッションの性質から金に目がくらんでコンプライアンス意識が低下する「モラルハザード」も考えなければなりません。外部委託する営業であったとしても、宅建業法等の法律違反は事業主が行政処分を受けることになります。報酬(カネ)とコンプライアンス(法令順守)はトレードオフ化しやすい一面があるため、宅地建物取引業者のような許認可を要する事業では労働者性の問題よりむしろこちらの方が重いかもしれません。

スーパースター営業は独立するしかない?

事業所に雇用している人だけであれば頭を悩ませる必要はありませんが、スーパースター営業を雇用の枠組みだけで捉えることも昨今の時代的に限界が来ている面もあります。景気の回復に伴いフリーランスとして不動産営業を選択する人も今後増加すると思いますが、労働者性の問題について認識せずに使っていると後で大きな問題になるため十分な注意が必要です。個人的には、フルコミッションと固定賃金で働く社員を6カ月や一年単位で選択できるような制度にすれば労働者個人に大きな不利益を負担させることも無いため検討する余地はあるのではないかと思います。

割増賃金の支払義務や社会保険料逃れのために制度を悪用することは論外ですが、バンバン売り上げを上げて営業に生きがいを感じているような「営業大好き社員」にとって固定給は面白くないものではあります。そんな従業員から強い要望があった場合には法律違反とならないようメリットとデメリットを説明して判断してもらうことしかありません。悪用はいけません。

おわりに

労働者性の問題は多くの判例がある中、労働基準法上の労働者とは認めないが労働組合法上の労働者を認定するなど、個別法律上では「ねじれ現象」があり、問題の解決には未だ至っておりません。よって、売上に対する報酬を希望する営業が現れた場合には一元的に業務委託契約を「使いまわし」せず、それぞれ個別事案ごとに専門家を交えながら詳細を決定し契約を締結する必要があります。神経と労力を要する作業になりますが、対法人に対する業務委託契約等と同様に、いい加減な契約書で契約を締結すると後でトラブルに発展し事業主が大きな痛手を負う可能性が高くなります。本人のことを思っても成果は時の運に左右され、突然売上が落ち込むのは世の常、営業の醍醐味です。フルコミッション制度を導入する際には専門家を交えた十分な協議と、個人の不利益が大きくならないような制度設計が必要です。

(フルコミッション制度の参考となる最高裁判例)

新国立劇場運営財団事件(最三小判平23.1.2)

INAXメンテナンス事件(最三小判平23.4.12)

ビクターサービスエンジニアリング事件(最三小判平24.2.21)

 

不動産仲介業の働き方改革!不動産BPOサービス!

 

【記事監修】RESUS社会保険労務士事務所/山田雅人(宅地建物取引士・社会保険労務士)
大企業・上場企業を中心に10年にわたり全国500社以上の人事担当と面談、100社以上の社宅制度導入・見直し・廃止に携わった経験を活かし、不動産業専門に特化した社労士として事業主・従業員双方にメリットの高い制度設計など働きやすい職場に向けた取組を支援しています。

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